はじめに
ビールは世界中で愛される飲み物ですが、その多様な種類と複雑な製造工程を正確に理解している人は意外と少ないかもしれません。
この記事では、「ビールの製造工程」と「ビールの種類」に焦点を当て、それぞれの工程がビールの最終的な風味と特性にどのように影響を与えるのかを詳しく解説します。
また、エールとラガーといった基本的なビールのカテゴリーを始め、それぞれの特徴を持つビールスタイルについても掘り下げていきます。
本記事が、あなたのビールを選びの参考になれば幸いです。
ビールの製造工程
ビールの製造工程は、精密な技術と伝統的な手法が組み合わさっています。
本章では、ビール製造の基本的な5つのステップ(製麦、糖化、煮沸、発酵、熟成)を詳しく解説し、それぞれのステップがビールの品質にどのように影響を与えるかをご説明します。
これを理解することで、ビールの味わいの深さがさらに楽しめるようになります。
製麦(せいばく)
ビールの製造工程の最初のステップは製麦です。製麦は原料の大麦を発芽させる工程です。
発芽させることで内部に酵素が生成されます。酵素は次工程の糖化で必要な要素です。
【浸漬(しんせき)】
まず、原料を水に漬けて発芽を待ちます。
【焙燥(ばいそう)】
麦芽は成長しすぎると逆に酵素が失われていくため、適切なタイミングで麦芽を乾燥させて成長を止めます。焙燥の温度によってビールの色や風味が変化します。
糖化(とうか)
糖化は麦芽内のデンプンを糖分に変える工程です。
まず製麦で発芽した原料を粉砕し、温かい仕込み水に混ぜます。 すると、麦芽内の酵素が働き、でんぷんが糖分に分解されます。
これをろ過して原料の殻などを取り除くことで、発酵に必要な糖分をたっぷり含んだ麦汁が出来上がります。
煮沸(しゃふつ)
煮沸は麦汁を火にかけて煮立たせる工程です。
煮沸には以下の効果があります。
- 酵素を失活化して糖化を止める。
- 麦汁を殺菌する。
- ビールが濁る原因となるたんぱく質を熱凝固して除去する。
- アルコール濃度を調整する。
- 余分な臭いを揮発させて除去する。
また、煮沸の際にホップを加えることで、以下の効果も得られます。
- 殺菌効果によりビールの腐敗を防ぐ。
- 苦味や香りをつける。
- ホップの苦味成分(イソフムロン)がビールの泡立ちを良くする。
発酵(はっこう)
前工程で生成した麦汁に酵母を加えると、酵母が糖分を分解し、アルコールと炭酸ガスを生成します。
加える酵母の種類によって、ビールはエールビールとラガービールの2種類に大別されます。
発酵後(熟成前)の液体は若ビールと呼ばれています。
熟成(じゅくせい)
若ビールは貯酒タンクに移され、低温環境で熟成されます。
熟成中は、残存する糖分により緩やかに発酵が進みます。前工程の発酵は主発酵(または前発酵)、熟成工程の発酵は後発酵と呼ばれています。
熟成の目的は以下の通りです。
- 主発酵(発酵工程)だけだと炭酸ガスの溶け込みにバラツキが出るため、後発酵(熟成工程)により炭酸ガスを均一に溶け込ませる。
- 後発酵により残存する糖分を分解することで、甘味を減らし、ホップの苦味を強調ひたすっきりとした味わいにする。
- たんぱく質や他粒子などが沈殿し、ビールの透明度が高まる。
熟成後、ビールは容器に詰められ、市場へ出荷されます。
ビールの種類:発酵方法の違いで分類
ビールは発酵方法によってエールビールとラガービールの2種類に大別されます。
エールビールは上面発酵、ラガービールは下面発酵によって造られ、それぞれに独自の特徴と風味があります。ラガービールはエールビールより後に開発された歴史の浅いビールになります。
この章では、それぞれの発酵方法と味わいの違いを詳しくご紹介します。
エールビール
「エールビール」は、上面発酵で醸造されるビールです。その特徴を分かりやすくご説明します。
上面発酵で造られるビール
エールビールは、発酵後に酵母が液面に浮かぶ上面発酵によって造られます。
発酵工程では、麦汁の糖分が酵母によりアルコールと二酸化炭素に分解されます。発酵中に生成される二酸化炭素による上昇気流が酵母を液面に運びます。
エールビールの特徴
上面発酵酵母は、高温(15〜20℃)で短時間(3〜5日)で一気に発酵します。その結果、発酵の過程で多くの副産物(エステルなどの香味成分)が生成され、香り高い豊潤な味わいになります。
高温で発酵する上面発酵は雑菌が繁殖しやすく、ビール造りは主に腐敗しにくい冬に行われてきました。これを解決するために、低温で発酵するラガービールが開発されました。
ラガービール
「ラガービール」は、下面発酵で醸造されるビールで、「エールビール」よりも後に誕生しました。その特徴を分かりやすくご説明します。
下面発酵で造られたビール
ラガービールは、発酵後に酵母が底に沈澱する下面発酵によって造られます。
下面発酵に使われる酵母は、酵母同士が結合して塊になる性質があるため、発酵により生成される二酸化炭素によって液面に浮き上がらず、底に沈殿します。
ラガービールの特徴
下面発酵酵母は、低温(約10℃)でゆっくり(7〜10日間)発酵します。その結果、発酵の過程で生成される副産物(エステルなどの香味成分)が少なく、すっきりとした味わいになります。
低温で発酵させるため雑菌が繁殖しづらく、品質を管理しやすいといったメリットもあります。
すっきりとした味わいと、品質を管理しやすく大量生産に向いていることから、サッポロ黒ラベルやアサヒスーパードライなど、日本国内で流通しているビールはラガービールが主流です。
ビールのスタイル
前章でご説明した通り、ビールは発酵方法の違いによってエールビールとラガービールに大別されます。
この2種類を覚えておくだけで充分だとは思いますが、更に細分化したスタイル(ビアスタイルとも呼ぶ)も存在するので、ご紹介します。
スタイルは世界中に100種類以上
スタイルは、ビールの原料・製造方法・色・香り・アルコール度数など、様々な基準によって分類されます。
世界には100種類以上のスタイルがあると言われており、今もなお増え続けています。
日本のビール団体『日本地ビール協会』やアメリカのビール団体『Brewers Association』がビアスタイルの一覧を載せたガイドラインを公表しているので、興味があれば是非読んでみてください。
代表的なスタイル5選
100種類以上あるスタイルを全て覚えることは困難です。
今回は、覚えておいた方が良い代表的なスタイルを5つご紹介します。
①ピルスナー(ラガービール)
ピルスナーは世界で最も普及しているビアスタイルです。
1842年に現在のチェコのプルゼニ市で誕生しました。
チェコ発祥のピルスナーをボヘミアンスタイル・ピルスナーと呼び、それがドイツに広がって、新たにジャーマンスタイル・ピルスナーが誕生しました。日本のビールのほとんどがジャーマンスタイル・ピルスナーに分類されます。
ジャーマンスタイル・ピルスナーは明るい黄金色、きめ細かく純白な泡、爽やかな味わいが特徴です。
ジャーマンスタイル・ピルスナーの詳細情報は以下の通りです。
- 種類:ラガービール
- 発酵前の麦汁の比重:1.044〜1.052
- 発酵後の麦汁の比重:1.006〜1.012
- アルコール度数:4.5〜5.3%
- ビタネスユニット:25〜50IBU
- 色度数:3〜4SRM(6〜8EBC)
②シュバルツ(ラガービール)
シュバルツはドイツのバイエルン地方で誕生した黒ビールです。「シュバルツ」はドイツ語で「黒」を意味します。
原料にローストモルト(黒く焦げるまで焙煎した麦芽)を使っており、ダークブラウンの色合いです。見た目に反して苦味は強すぎず、微かな甘さがあるのが特徴です。チョコレートやコーヒーのような風味が感じられることもあります。
シュバルツの詳細情報は以下の通りです。
- 種類:ラガービール
- 発酵前の麦汁の比重:1.044〜1.052
- 発酵後の麦汁の比重:1.010〜1.016
- アルコール度数:3.8〜4.9%
- ビタネスユニット:22〜30IBU
- 色度数:25〜40SRM(50〜80EBC)
シュバルツは、焼肉や燻製料理など、風味の強い料理とよく合います。冷やして飲むと、そのすっきりとした味わいが一層引き立ちます。
③スタウト(エールビール)
スタウトはアイルランド発祥の黒ビールです。「スタウト」は英語で「頑丈」を意味しています。
シュバルツと同様、原料にローストモルト(黒く焦げるまで焙煎した麦芽)を使っています。
スタウトは上面発酵(エールビール)、シュバルツは下面発酵(ラガービール)という違いがあります。
上面発酵(エールビール)であるスタウトの方が、発酵の過程で多くの副産物(エステルなどの香味成分)を生成するため、香り高い豊潤な味わいになります。
スタウトは更に細かい分類があります。
アイルランド発祥のスタウトはクラシック・アイリッシュスタイル・ドライ・スタウトと呼ばれており、詳細情報は以下の通りです。
- 種類:エールビール
- 発酵前の麦汁の比重:1.038〜1.048
- 発酵後の麦汁の比重:1.008〜1.012
- アルコール度数:4.0〜5.3%
- ビタネスユニット:30〜40IBU
- 色度数:40+SRM(80+EBC)
④ペールエール(エールビール)
ペールエールはイギリス発祥のエールビールです。「ペール」は英語で「淡い」を意味しています。
当時のエールビールは濃い色や濁った色が主流であり、それらと比べて淡い色合いだったため、ペールエールと名付けられました。
現在の主流であるピルスナーと比べると色合いは濃いため、実際にペールエールを見ても淡いと感じないかもしれません。
ペールエールには、イギリス発祥のクラシック・イングリッシュスタイル・ペールエールをベースに様々な派生スタイルが存在します。後述するIPA(インディア・ペールエール)もその一つです。
ペールエールは、ホップのフルーティーな香りと、モルトの甘みがバランスよく感じられるのが特徴です。食事との相性も良く、特にグリル料理やチーズとよく合います。
クラシック・イングリッシュスタイル・ペールエールの詳細情報は以下の通りです。
- 種類:エールビール
- 発酵前の麦汁の比重:1.040〜1.056
- 発酵後の麦汁の比重:1.008〜1.016
- アルコール度数:4.4〜5.3%
- ビタネスユニット:20〜40IBU
- 色度数:5〜12SRM(10〜24EBC)
⑤IPA(エールビール)
IPAは、正式名称をインディア・ペールエール(India Pale Ale)といい、誕生にはインドが関係しています。
18世紀、インドはイギリスの植民地でした。
当時のイギリスではペールエールが流行しており、植民地であるインドにも輸出していました。
しかし、インドまでの長距離輸送の過程で腐敗によるビールの品質劣化が問題視されていました。そこで、アルコール度数を増加し、抗菌作用のあるホップの量も増やしたIPAが開発されました。
IPAはホップを大量に使っているため、ホップ由来の苦味や香りが特徴的です。フルーティーな香りや柑橘系の風味が感じられるものも多く、個性的な味わいが楽しめます。
IPAは更に細かく分類されており、イギリス発祥のIPAはイングリッシュスタイル・IPAと呼ばれています。
イギリスから始まったIPAですが、香りが強いアメリカ産のホップと相性が良かったため、新たにアメリカンスタイル・IPAが作られ、これが世界中に広がりました。
アメリカンスタイル・IPAの詳細情報は以下の通りです。
- 種類:エールビール
- 発酵前の麦汁の比重:1.060〜1.070
- 発酵後の麦汁の比重:1.010〜1.016
- アルコール度数:6.3〜7.5%
- ビタネスユニット:50〜70IBU
- 色度数:4〜12SRM(8〜24EBC)
おわりに
本記事を通じて、ビールの製造工程や種類についての理解が深まったことと思います。ビールの世界は非常に奥深く、その製造過程やスタイルの違いを知ることで、さらに多様なビールを楽しむことができます。
ぜひ、今回学んだ知識をもとに、さまざまなビールを試してみてください。
最後に、ビールは適度な量を楽しむことが大切です。友人や家族と共に、楽しい時間を過ごしながら、ビールの魅力を堪能してください。
それでは、乾杯!